「麻辣湯狂詩曲(マーラータン・ラプソディー)」
まーらーゆ、じゃなくてまーらーたん。若い人たちの流行りは大体アイドルグループ・私立恵比寿中学(略してえびちゅう)のメンバーのSNSから察しているここ数年なのだが、昨年くらいからメンバーの子たちがなにかと「麻辣湯食べたい」と投稿しているのを何度か目にするうち、まんまと自分も食べたくなっているのだった。私も好きなアイドルの好きな麻辣湯を、食べたい。
麻辣湯というのは花椒と唐辛子のスープに春雨と野菜や肉などを入れたものなのだということは投稿する写真を見て分かり、お店では好きな具材や麺、スープを選んで、その重さによって値段が変わるということも調べていくうちに知った。そしてすでにブームは佳境を迎えており、どこのお店も外まで続く行列ができていて、初めてのおひとりさまにはややハードルが高い。こんな一見さんお断り感のあるシステムのお店、いつの間に流行っていたんだろう。調べると4年ほど前に石原さとみがテレビ番組で「麻辣湯を週一でウーバーイーツで頼んでいる」と言っていたらしい。さすがに4年前はまだこんなに流行ってはいなかっただろう。流行ってない麻辣湯を週一で食べる石原さとみの芯の強さを思う。
そうしてたまにお店を見かけては行列に尻込みしているうち、月に1、2度ほど出張する横浜の関内に、麻辣湯チェーン店の七宝(チーパオ)ができた。11月の始め、これはチャンスと昼休憩に出向くと、ややピークタイムを過ぎていたからかすんなり入店。すぐさま感じの良い店員さんがやってきてシステムの簡単な説明があり、LINEの開店記念クーポン(味玉かモッツァレラチーズが追加できる)の登録を促される。手渡された大きなボウルとトング、そしてスマホで両手が塞がり大慌ての私。にしても味玉とモッツァレラチーズって、等価か? これで味玉チャンス捨ててチーズ選ぶ人っているのかなと思いながらもなんとかクーポンの登録を済ませ、具材の並ぶショーケースの前に進む。
葉物野菜から根菜、練り物、数種類の水餃子などが視界いっぱいに並び、まずなにをとっていいのか分からない。自分の前に並ぶ女性の二人組があれこれ話しながらとるのを真似るように、とりあえず味噌汁・ラーメン・うどんなどすべての具材として好きなほうれん草をボウルに入れた。それから普段食べ慣れているブロッコリー、じゃがいもなどをとり、隣に並ぶ黒キクラゲ・白キクラゲを見る。黒キクラゲはよく中華料理で登場するあの黒いキクラゲで、白キクラゲはそれよりもっとひらひらした、イソギンチャク的なビジュアルだ。去年台湾旅行に行った時、タピオカ入りのドリンクと共に白キクラゲ入りのドリンクが並んでいて、キクラゲを飲むんだ……とやや引いてしまって挑戦しなかったのだが、ここは折角なので食べてみることにする。勢い付いてとりあえず知らないものは食べようと、白いちくわぶのような見た目のブンモジャもゲット。ほどよく選んだ気がしたので、レジに向かってボウルを渡す。ここで具材の重さが計上され、辛さや麺の種類などを選ぶ。予習はしてきたから大丈夫と自分に言い聞かせながら、なるべく澄ました顔で先のクーポンで味玉を追加し、辛さは初めてなのでピリ辛の1辛。麺もベースの中太春雨にする。スープも酸辣湯や担々スープなど選べるが、えびちゅうの真山りかちゃんがいつも薬膳追加の「極薬膳」にすると投稿していたので、真似しようとして、気づく。
「きわみ薬膳」? いや「ごく薬膳」か?
「きわみ薬膳」はちょっと必殺技名すぎる気がする。でも「ごく薬膳」の読みは玄人向けすぎやしないか。極楽鳥知らない人は初見で「ごく〇〇」とはいかないだろう。どっちにするか。間違えたとして恥ずかしくないのは、音読みより訓読みか。
「……スープは、きわみ薬膳で」
「はい、ごく薬膳ですね。○番のカウンターでお待ちください」
逆にそっちか、という顔をしてみせるほかない。
そうして少し待つとどんぶりと伝票が運ばれてきて、自分のチョイスした麻辣湯と対面する。赤いスープに煮込まれたほうれん草を口に運ぶと、熱さと追加した薬膳のせいか想像よりしっかり辛い。担々麺的な仕上がりかなと思っていたけれど、スープはそれよりあっさりして麻辣の風味が強く、食べ始めてからやっと、そうかこれ1人用火鍋かと合点がいく。鍋に合う野菜はもちろん、白キクラゲも歯応えがあって食感が楽しく、ブンモジャも餅のような食べ応えでほんのり甘い。だんだん辛さには慣れてきたものの、なぜか食べても食べてもお腹が満たされていく感じがせず、むしろ摂食中枢が刺激されるような空腹感が強まるのだった。これが薬膳なのだろうか。初めてだからまだ身体が慣れていないのか? 春雨まですべて食べ終えた時にはうっすら汗ばんでいて、肌寒い時期だけれど上着を着ないで外に出れそう。伝票を持って精算機で精算し、店を後にする。達成感と、本当に自分は一食分を食べたのか不安になる“なんだか食べ足りない感”を抱え、コンビニでチョコレート菓子を買い仕事へ戻ったのだった。
こうして初麻辣湯を経験した翌週、私は再び出張先の関内で七宝へ行き、ボウルとトングを手にしていた。昼休憩に出る前に先輩に「今日はお昼なに食べるの? 中華?」と訊かれたので「んー、麻辣湯ですかね」と答え、「それ先週も食べてなかった?」と言われたが、これはもう少し試してみないと分からないなと思ったのだった。まず1人用火鍋として鍋の具材をチョイスするイメージで選べばいいということが分かり、白キクラゲ・ブンモジャなどの食べたことない具材の正体も分かった。その上で自分のベストの具材はなんなのか、ベストの麺は、辛さは、スープは? 世間のみんなのおすすめは? 麻辣湯、嗚呼麻辣湯。とにかく試してみないと分からない。
ボウルに具材を入れてレジでの注文の順番を待つ私の前で、バンドマンじみた痩身の若い男性が言う。
「4辛、納豆トッピングで」
ほら、これはきっと2、3回食べた程度じゃ辿りつない境地だ。私にはまだ納豆を入れるチャレンジ精神はないけれど、今回は春雨の種類を変えてみようかな。
そして自分の注文の番が来た時、はたと気づく。「極薬膳」の読みは結局どっちが正しかったのか、逆にどっちだったのか、思い出せない。
○○○
*Side By Side*
ちいさなはなし
○「きわみ」か「ごく」か問題
この後別のお店では「ごく薬膳」と言ったのに「きわみ薬膳ですね」と返されたり、SNS見るとどちらのパターンもあるようだったりで、結局どっちが正しいのかわからない。店員さんたちすら分かっていない説。読み仮名ふってください。
○静岡に旅行へ行った
静岡市立美術館でやっているパウル・クレー展に行きたくて、一泊二日の気軽な静岡旅行に出かけたら、行きの電車が津波警報発令で立ち往生してしまい、想定外の旅程になってしまった。ちょっぴり映画のような出会いや出来事もありつつ、夜には無事に静岡市内に着いて静岡おでんで呑んで、翌日は行きたかったところを回れたので結果オーライだったけれど。泊まったゲストハウス・ヒトヤ堂も素敵だったのでまた改めて書きたい。
○「さわやか」のハンバーグを食べた
上記の静岡旅行の2日目、朝から整理券を取りに行ってお昼ごはんに「さわやか」のハンバーグを初めて食べた。店員さんが鉄板を持ってきた後「それではおいしく仕上げますので」みたいなことを恭しく言いながらお肉を鉄板に押し付けていて、もはやディズニーランドみたいだなと思った。牛肉100%のハンバーグって、これハンバーグじゃなくてステーキでは? と食べながらかなり違和感を感じたけれど、静岡の皆さんはこれをハンバーグだと思って過ごすんでしょうか。世間のハンバーグ食べるたびに物足りない感じしないのかな? なんて罪深い店だろう。美味しかったです。
Music:chelmico「Easy Breezy」